ホーム コラム・エッセイ 松岡佑子のティールーム 第26回 ハリー・ポッターの物語におけるクリスマスの位置づけ


第26回 ハリー・ポッターの物語におけるクリスマスの位置づけ (2015年12月01日)

クリスマスはイギリス人にとって、大切な行事です。ハリー・ポッターにはクリスマスの宗教的な意味は書かれていませんが(7巻だけは多少例外)、クリスマス前には飾り付けを楽しみ、当日は親しい人たちとプレゼントの交換をし、家族が集い、お昼からごちそうを食べることを楽しみにしています。英国では、クリスマス・ディナーはお昼から始まり、夜はティーになります。ティーと言ってもきちんとした食事です。

ローリングは貧困の中で第1巻を書いたので、食べたくとも食べられないという状況のもとで、第1巻には、思いっきり食べ物の名前を書き込んでいます。第2巻からはそれほど書き込んでいませんが、クリスマスの典型的な食べ物の名前は出てきます。

ハリーがもらうプレゼントは、その年にハリーがどのようなものに興味を持っていたかを示していると同時に、送り主の性格を反映しています。

ハリーはクリスマス休暇におじ・おばのいるロンドンには帰りたくありません。そこにはハリーの家族と思える人たちがいないからです。自分の家だと思える唯一の場所、ホグワーツに残ってクリスマス・ディナーを楽しみます。友人のロンもハリーと一緒に残ることが多いですが、ハーマイオニーはクリスマス休暇にはだいたいロンドンの自宅に戻ります。でもハーマイオニーからは、クリスマス・プレゼントが必ずハリーに届けられます。
ハリーの宿敵、ヴォルデモートも孤児院で生まれ育っているので、ホグワーツのみが家庭を感じられる場所であり、クリスマスには学校に残ることを望みました。その意味でもこの二人には共通点がありました。

学校でのクリスマス(1巻から4巻まで)以外に、不死鳥の騎士団の本部で過ごすクリスマス(第5巻)、ロンの家「隠れ穴」で過ごすクリスマス(第6巻)、ゴドリックの谷で両親の墓に詣でるクリスマス(第7巻)が描かれています。7巻のクリスマスには、ごちそうもスイーツも出てきません。

スイーツについて

ハリーの一番好きなスイーツは「糖蜜パイ(treacle tart)」ですが、物語のなかで、それはクリスマスのメニューとして書かれてはいません。

第1巻の12章にクリスマス・ディナー(昼食)と、夜に食べるティーのメニューが出てきますので読んでください。特筆すべきはブランディーでフランベしたクリスマス・プディング(プリンとは違います。デザート一般をプディングと言いますし、クリスマス・プディングは柔らかい焼き[蒸し]菓子です。)で、クリスマスには欠かせません。
そのほかの典型的なクリスマスのごちそうは七面鳥料理です。

イギリス的なデザートやパイには、トライフル、ミンス・ミート・パイ、パスティー(ミート・パイと訳しています)、クランペットなどがあります。また、ハリーの物語には、現実には存在しないスイーツもたくさん登場します。ホグズミード村のスイーツの店「ハニーデュークス」に関するところを読めば(例えば第3巻第10章)いろいろ出てきますし、ホグワーツに向かう紅の汽車の社内販売でも売っています。さらに、クリスマス・プレゼントとしてハリーがもらうもの(第1巻12章や第4巻23章)にも出てきます。代表的なものとして、バーティ・ボッツの「百味ビーンズ」、蛙チョコレートなどがあります。「三本の箒」で飲むバター・ビールも甘いです。

スイーツがハリーの成長にどのようにかかわったか

ロンは食いしん坊ですから、スイーツに左右されることはあり得ますが、はっきり言って、ハリーがスイーツによって力を得たとは思いません。ただ、第3巻に登場するディメンター(吸魂鬼)の打撃から立ち直るには、チョコレートが有効だと、ルーピン先生から教わります。また、第7巻で3人が逃亡生活をしていたときに、食べ物がなくて、ロンが真っ先に音を上げ、仲たがいの原因を作ってしまいます。食べることの大切さを、ローリングはよく知っていたのでしょう。

栄養不足だったころは痩せて小さかったハリーが、ホグワーツでのおいしい食事やクリスマス・ディナーのおかげで身体的成長を助けられたかもしれませんが、精神的成長にスイーツが関係しているとは言えません。蛇足ですが、ウィーズリー家の主婦、ロンの母親のモリ―・ウィーズリーは、ハリーが十分に食べていないことを嘆き、無理にでも食べさせようと腕によりをかけます。ハリーはこのおばさんの料理が世界一おいしいと思っていますが、この場合も料理そのものより、おばさんの愛情に憩いを見出していると思います。料理は愛情です。

いじめられた育った10歳までと違い、ハリーが学校に入学してからは友人ができ、一緒に食事をする楽しみを知りました。また、ハグリッドをはじめとする先生方にかわいがられ、教育されたことで、大きく成長しました。さらに、クリスマスなどの学校の行事で楽しみ、息抜きをすることは、厳しい運命を背負ったハリーの精神の安定を保つためにとても大切なことでした。

ハリー・ポッターの物語は11歳の子供たちがだんだん大人になっていく過程を書いていますので、一般的な思春期の子供たちの成長物語を楽しく読むことができますが、この物語の大きな骨組みは、ハリーが特別な使命を帯びた人間として育てられ、成長するところにあります。その意味では、ダンブルドアとのかかわり方、二人の友達との固い友情が最も大切な意義を持っています。最後の決闘に勝利するためには、この二つの要素は欠かすことができません。

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