ホーム コラム・エッセイ 松岡佑子のティールーム 第17回 記憶の糸 その5 「味の記憶」


第17回 記憶の糸 その5 「味の記憶」 (2011年12月15日)

 私はあまり食事に関心がない。忙しい時など、宇宙食ですませたいと思う。しかし、スイス暮らしが長くなって初めて気づいたのだが、3日にあげずおにぎりが食べたくなる。海苔を巻いた梅干入りのおにぎりを幸せそうに頬張る姿を、オーストラリア人の夫は半ばあきれ顔で見る。和食好きの夫だが、沢庵、納豆の類は不思議な食べ物らしい。一方私は、夫が朝食のトーストに塗りたくるベジマイトという得体のしれないジャムのどこが美味なのか、理解に苦しむ。これが食文化の違いというものだろうか。

 生活習慣に深く根ざしたものは理解しにくく、したがって訳しにくい。食べ物がいい例だ。その国にしかない食べ物は、カタカナで音訳しようが和訳しようが、食べたことのない人にはわからない。
 ハリー・ポッターの物語にはやたらと食べ物が登場する。貧しくて満足に食べることもできなかった著者が、思いきり食べ物の名前を書き込んだらしいが、ホグワーツ魔法魔術学校のパーティの場面は食べ物の名前の羅列だ。そのまま引用すると、このエッセイはそれだけでおしまいになるだろう。ローストビーフはわかるとしても、ヨークシャープディングは訳せない。クランペットもトライフルも、註をつけなければどんな食べ物かわかるはずがないのだ。
 第1巻に登場するニッカーボッカーグローリーも曲者だった。イギリス人でさえあまり知らないこの甘いものの名を、何と訳せというのか。友人を総動員して調べ、編集者と相談してチョコレート・アイスクリームという訳にしたが、むしろフルーツ・パフェに近いデザートらしい。物語の主要な要素ではないものの、いまだに気になる食べ物だ。
 食事の習慣も翻訳者泣かせだ。「お茶に招かれた」と訳したら、お茶ではなく夕食に招かれたのだと指摘されて直した。通訳という職業を通じて、日夜英米の文化に触れていたつもりだったが、生活習慣はそれだけでは学べなかった。30歳を過ぎてから英国生活を経験したが、それでもハリー・ポッターの世界を訳すのに戸惑うことが多かった。

 翻訳というものは、つくづく難しい。英国には存在しても日本には存在しないさまざまなものや現象、そして考え方まで理解し、伝えなければならないからだ。どんなにがんばっても完璧な訳にはならない。ハリー・ポッター全7巻を訳し終えた後味は、ほろ苦い。

『月刊福祉』2010年11月号(社会福祉法人全国社会福祉協議会発行)
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